このエピソードでは、ドイツ在住のぺこぱんさんが、ベルリンの壁崩壊という歴史的瞬間の生々しい体験から、自身の壮絶な人生の苦難、そしてそこからの回復までを語ります。
ぺこぱんさんは、1989年11月のベルリンの壁崩壊をドイツで迎え、お子さんを連れて壁へ向かった感動的な記憶を共有します。当初、西ドイツの人々は東ドイツの人々を温かく迎え入れ、物資や金銭的な支援を行いましたが、わずか1年ほどでそのムードは一変。東ドイツの労働観の違いが露呈し、東西間の深い溝と蔑視が生まれていった経緯が克明に語られます。ピアニストとして活動していたぺこぱんさんは、「良い母親か、良いピアニストか」という葛藤の末、不動産事業へと転身します。日本人への賃貸差別への悔しさから始めたこの事業は、東ドイツの物件購入と改装で破産寸前の危機に陥ります。銀行からの差し押さえ、弁護士からも「もうダメだ」と告げられる絶望的な状況で、ぺこぱんさんは最終的には、夫の友人の弁護士の尽力と、占い師の言葉に救われ、この苦難を乗り越えます。この経験を通して、ぺこぱんさんは「人との出会いが人生を豊かにする」という力強いメッセージをリスナーに届けます。激動の時代を生き抜いた一人の女性の、感動と示唆に富んだ物語です。
ゲスト:
ドイツ・ベルリン 在住55年目 音楽家・不動産経営 ぺこぱん
18歳の時に音楽の留学の為に渡独して参りました。200カ国ほどある中の1番素晴らしい国に生まれておいて、どうしてこんな所にいるだろうと思う毎日です。
ゲストQ&A
移住全般について
- 移住先はどこですか・どこでしたか?
- ドイツ
- その場所を選んだ理由はなんですか?
- ドイツのある教授のクラスに入りたかった為
- いつから移住先に住んでいますか・いましたか?
- 1970年6月頃
- いつまで移住先に住む予定・住んでいましたか?
- 一生
- いままでの海外遍歴を教えてください
- ドイツだけです
- 移住前の英語・現地語のレベルはどうでしたか?どうやって勉強しましたか?
- 半数が留学する東京の音楽高校だったので、高校でドイツ語を学ぶことができました。
- なぜ海外に移住したかったんですか?
- どういう結果、小さい時から絶対に留学すると決めていました。
- どうやって移住を実現しましたか?
- ドイツの音大に入学できたので、ビザが取れました
- 海外移住してよかったことはなんですか?
- 日本がいかに素晴らしい国かがわかりました。
- 海外移住して大変なことはなんですか?
- 人種差別 各種手続きや工事等、いろいろなことが約束通り、または予定通りに行かない
- 将来的に他の国への移住も考えていますか?また、それはどうしてですか?
- 考えていません
仕事について
- 職業は何ですか・何でしたか?
- 音楽家 不動産業
- 職業の種類を教えて下さい
- アパート経営
- どうやってその仕事を見つけましたか?
- 子育てが終わったので、何か仕事をしようと思った時、どうせなら人の役に立つことをしたかった。
経験上、日本人が世界一品行方正なのに賃貸に関して大変理不尽な目に遭っているので役に立てるのではないかと思った。 - 海外で働いてみてよかったことはなんですか?
- 私の場合は特殊ですが、日本人の方だとコンタクトできてよかったと思っている。
- 海外で働いてみて大変なことはなんですか?
- 日本のようにきっちりとことが運ばない
- 将来的に日本に帰国し働くことも考えていますか?
- 歳なので考えていません
子育てについて
- 海外で出産しましたか?
- はい
- 海外での出産ではどうでしたか?
- 海外でしかしたことがないので、残念ながら日本とは比較できません
- 子供の人数と年齢を教えてください
- 39歳と45歳
- 海外での子育てについて、どのように感じていますか?
- 日本よりは、勉強のプレッシャーが少ない事は評価できる
学校について
- どういう学校に通っている・いましたか?
- 音楽大学
- 何を勉強していますか・いましたか?
- 音楽
- なぜ海外で学校に通うことにしたんですか?
- 母親が同じく音楽家だったために、小さい時から大学は留学することを洗脳されていた
- 海外で学校に通うことでよかったことはなんですか?
- いろんな国の人に出会ったこと
- 海外で学校に通うことで大変なことはなんですか?
- 人押しのける位の根性がないと音楽の世界ではやっていけないこと
※本配信の内容は出演者個人の経験や見解であり、配信者としてその正確性、完全性、有用性を保証するものではありません。内容は収録時点の情報に基づいており、事実関係が変わる可能性があります。また、海外移住channel として特定の政治的、宗教的、思想的立場を取るものではありません。詳細はこちら