研究者として新たな挑戦を求め、中桐先生はドイツ・ハノーファーへ拠点を移します。しかし、新天地で待っていたのは、日本とはまったく異なる環境でした。
最大の壁となったのは「言語」です。研究活動だけでなく、日常生活のあらゆる場面でドイツ語が必要となり、買い物や行政手続き、人とのコミュニケーションなど、一つひとつが大きな挑戦となりました。さらに、現地で医師として活動するためには医師免許の書き換えが必要であり、そのためには高度な専門知識に加え、医療現場で通用するドイツ語能力も求められました。
慣れない言語環境の中で、精神的な負担や孤独を感じることも少なくありませんでした。それでも地道な努力を積み重ね、ついにはドイツ語で専門医資格を取得します。異国の地で医師として認められるまでには、並々ならぬ努力がありました。
研究では、肺移植後の慢性拒絶反応という難しい課題に向き合い続けます。世界中の研究者と議論を重ねながら、新たな治療法や知見を追い求める日々。その現場では、日本で培ってきた臨床経験と専門性が大きな強みとなりました。
言葉の壁に苦しみながらも、自らの専門性を武器に世界で挑戦し続ける中桐先生。ハノーファーでの生活を通して見えてきた研究者としての現実、海外で働くことの難しさとやりがい、そしてその先にある新たな挑戦についてお話しいただきます。
ゲスト:
ドイツ・ハノーファー在住10年 医師・研究者 中桐伴行
医師、研究者の中桐伴行です。ドイツ・ハノーファー在住10年、呼吸器外科医をしながら、肺移植の研究をしています。
ゲストQ&A
移住全般について
- 移住先はどこですか・どこでしたか?
- ドイツ・ハノーファー
- その場所を選んだ理由はなんですか?
- 仕事の都合で。
- いつから移住先に住んでいますか・いましたか?
- 2015年5月頃
- いつまで移住先に住む予定・住んでいましたか?
- 2年ぐらいで帰る予定でした。
- いままでの海外遍歴を教えてください
- 20年前に、同じところで1年ちょっと留学していました。
- 移住前の英語・現地語のレベルはどうでしたか?どうやって勉強しましたか?
- ほぼできない状態でした。A2ぐらい。
- なぜ海外に移住したかったんですか?
- したかったわけではなくて、そうなってしまいました。
- どうやって移住を実現しましたか?
- 仕方なく。
- 海外移住してよかったことはなんですか?
- 評価基準が示されているので、目標に向かいやすい。
- 海外移住して大変なことはなんですか?
- 言葉と文化。
- 将来的に他の国への移住も考えていますか?また、それはどうしてですか?
- 特にない。仕事終わったら帰る予定です。
仕事について
- 職業は何ですか・何でしたか?
- 医師
- 職業の種類を教えて下さい
- 現地就職(現地企業)
- どうやってその仕事を見つけましたか?
- 過去の留学先だった。
- 海外で働いてみてよかったことはなんですか?
- 前述。
- 海外で働いてみて大変なことはなんですか?
- 前述。
- 日本でやってきたことで、海外でも役に立ったと感じる経験やスキルがあれば教えて下さい
- 手術と論文を書く方法。
- 逆に、日本でやってきたことで、海外では役に立たなかったと感じる経験やスキルがあれば教えて下さい
- 病棟管理の仕方が全く違う。また薬も違うし、疾患の配分も違って困った。
- 海外でキャリアを構築する上で特に意識していることがあれば教えて下さい
- へこたれない。
- 将来的に日本に帰国し働くことも考えていますか?
- 考えている。
学校について
- どういう学校に通っている・いましたか?
- 病院。大学院生だった。
- 何を勉強していますか・いましたか?
- 臨床研究をしていた。
- なぜ海外で学校に通うことにしたんですか?
- 研究材料が豊富だったから。
- 海外で学校に通うことでよかったことはなんですか?
- サンプルが豊富だった。
- 海外で学校に通うことで大変なことはなんですか?
- 言葉と文化。
※本配信の内容は出演者個人の経験や見解であり、配信者としてその正確性、完全性、有用性を保証するものではありません。内容は収録時点の情報に基づいており、事実関係が変わる可能性があります。また、海外移住channel として特定の政治的、宗教的、思想的立場を取るものではありません。詳細はこちら